夢見る中世人

夢

進むべき道に迷ったとき。
何かの願いをかなえたいとき。

あなたはどうしますか。

中世の人々は「夢」を待ちます。


眠っているときに見る、あの「夢」です。
「参籠(さんろう)」といって、寺院の礼堂(らいどう。拝む場所)に泊り込み、一夜、または数日、時には数ヶ月もの間、
夢を得るまで過ごします。

たとえば、子供がほしいのに授からない母親は、神仏より果実を渡される夢を見て、めでたく懐妊。
(そうして生まれた子は”申し子”と言われます)

また、生き別れになった弟を探して旅をしている姉は、夢の中で行方を知り、めでたく再会。などなど・・・。
夢のお告げで悩みが解決するケースは枚挙にいとまがありません。

中世の「夢」は、外からやってくるもの。
神仏からの大切なメッセージなのです。

参籠中は、老若男女見ず知らずの複数の人が、場を共有します。
自分へのお告げが隣で眠っている人の夢に顕れたり、修行をつんだお坊様に自分に代わって夢を得てくれるように頼んだり、
はては、吉夢の奪い合い、売り買いなども行われるほど。

参籠しなくとも、普段の眠りの中で見た夢で、身に迫る危険を知ることや、将来を暗示する験(しるし)を得ることもあります。

夢解き(夢の解釈)によっては、吉凶が入れ替わったりもしてしまう・・・
それほどの夢の意味の深刻さは、現代の目からすれば、ばかばかしいと思われるかもしれません。

中世は、「宗教の時代」とも言われます。
果てのない戦乱、飢饉、疫病。
過酷な時代を生きる人々にとって、神仏の存在は現代とは比べものにならないほど大きく、身近なものなのです。
何とか神仏の声を聞きたい、救ってほしい。
切実な願いが「夢」へと直結しているのです。

といっても、中世人が全員そう思っていたわけではありません。
夢なんか意に介さないリアリストもいらっしゃいました。
『太平記』では、夢のお告げで領地をいただけることになった青砥左衛門という武士が
「では、私の首をはねよという夢をごらんになれば、そうされるのでしょうか」と、辞退したという話が見られます。
なにごとも、どうとらえるかはその人次第。


現代でも、不思議な夢を見られる方は管理人の周りにもいらっしゃいまして。。。
あまりとらわれすぎずとも、不思議なことを不思議なこととして受け入れる方が、人生豊かになるんじゃないかと思います。

みなさんは、何か象徴的な夢を見ることありませんか?
ひょっとしたら、それは異界からのメッセージかもしれませんね。


◆参考&おすすめ書籍◆
『夢語り・夢解きの中世』酒井紀美著(朝日選書683/朝日新聞社)
『明恵 夢を生きる』河合隼雄著(講談社+α文庫)



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