横川(よかわ)にいと尊き人、住みけり ―恵心僧都 源信―

歳月

人は死んだらどこへ行くのか?

記紀神話の時代、それは「黄泉(よみ)の国」でした。
腐乱死体が転がる、暗くてじめじめした場所。
人々は朽ちてゆく肉体への忌避感と、魂のゆくえへの不安におびえていました。


悪行なせば地獄行き
善行積めば極楽へ

地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天の六道輪廻


仏典に書かれた死後の世界としての地獄・極楽の様相を、平安時代中期の日本において、
はじめて明確に、ビジュアルに描き出した僧がいました。

比叡山・横川(よかわ)の恵心僧都源信(えしんそうずげんしん)です。

源信の著『往生要集(おうじょうようしゅう)』
すさまじいまでに残酷な地獄のありさまとともに、きらびやかな極楽の荘厳を描き、
いかにすれば浄土へ行けるかを人々に説くのでした。

藤原氏が繁栄をきわめた時代。
平和な世の中での心配は自身の後生のみ。

富のある人々は、競うように豪勢な寺院や輝くばかりの仏像をつくって作善に努めたけれど、
源信のいう極楽とは、決して一人だけのものではありませんでした。

往生したのちは、他者をもそこに導く役目があるのだ。

源信は、僧としての栄達よりも、山籠りして念仏を実践する道を選びます。
「一切衆生みなともに仏道を成ぜん」
その人柄に、源信の名声はますます高まります。
同時代に書かれた『源氏物語』には、入水した浮舟を救う「横川の僧都」なる人物が登場しますが、
そのモデルこそ源信といわれます。

その後、時代は戦乱の世と移り、源信の浄土教は、法然や親鸞へと引き継がれ、
広く民衆に根を下ろしてゆくのです。


「宗教の時代」である中世と、「宗教なき時代」である現代。
あの世観はどう変わったのでしょうか。


◆参考◆
『別冊太陽 比叡山-日本仏教の母山-』(平凡社)
『日本人の死者の書 往生要集のあの世とこの世』大角修著(生活人新書)
「地獄の発見 『往生要集』と極楽浄土へのねがい」(講座 歴史の歩き方リーフレット)



戻る もどる