学び舎・宝泉寺 -中世寺院は総合大学-

学び舎

学問はどこの国でも、まず身分の高い人が修め、民衆には手の届かないものでしたが、
中世も後期になると、商工業の発達による貨幣経済が浸透し、庶民の子も多く学ぶようになりました。

権威と当時最先端の学問・医術などを持っている中世寺院は、いわば現代の総合大学。
戦乱の世の主要な教育機関なのです。


都の大寺院に比べれば、ここ宝泉寺は地方の小規模な寺にすぎません。
第二話にて、宝泉寺での修学の様子が少し出てきましたが、笠野の子供たちが住み込み(もしくは通い)で
日々勉強しています。

ここではもう少し詳しく、時間割を見てみましょう。

・午前四時(以下現代の時刻で)起床
 清掃作業、朝食の後、子供たちは講堂に集合
・午前六時
 まず、住職・了念和尚さまの講話
 その後、看経(かんきん。経を読むこと)
・午前十時
 手習い(書を習う)
・午後一時
 諸芸(武術など)
 これは自衛のため武装する中世寺院ならではですね
・午後四時
 読書
・午後六時
 文学・音楽など
・午後九時
 自由放課・就寝



この通りに全員が同じことを学ぶわけではありません。

およそ七歳~十三歳のあいだに入山(寺入りともいう)し、年齢、就学年次に応じた内容を習います。
そして、約三年学んだ後、得度して僧になる者、下山し元服して武士になる者、家業を継ぐ者に分かれていくのです。

このように様々な身分の子が共に学ぶのですが、僧の生活が基準となるため、極めて清貧、厳格な日々といえます。
食事は一日二回、軽い間食が一回で、いつもお腹をすかせているのですよ。。。ぐぅ~~~

今は和尚さまに「往来物(おうらいもの)」という書物について教わっている時間ですが、
私・紫乃は昨夜、剣の修行をしたため眠くて眠くて・・・あ!善慈の目が光ってる!!


最後に、時代は下って永禄年間に寺院で学んだ人の自叙伝より、学習の内容をご紹介します。

玉木吉保『身自鏡(みずからのかがみ)』
入山期間:十三~十六歳
●第一年次:『心経』、『観音経』、仮名文、漢字、『庭訓往来』その他往来物、『童子教』、『実語教』、『御成敗式目』など
●第二年次:『論語』、四書五経、『和漢朗詠集』、『六韜』、『三略』、草・行の書など
●第三年次:『古今和歌集』、八代集、九代集、『万葉集』、『伊勢物語』、『源氏物語』、和歌連歌、能楽、真の書など


◆参考◆
『日本子どもの歴史2─乱世の子ども─』(結城陸郎著)第一法規
『[絵巻]子どもの登場・中世社会の子ども像』(黒田日出男著)河出書房新社



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