はるかな月に

はるかな月

西洋では、不安や憂鬱などの象徴とされる月。
日本人にとっての月は、「花鳥風月」や「雪月花」などの言葉が示すように、万葉の昔から美意識そのものでした。

黄葉(もみち)する 時になるらし月人の 楓(かつら)の枝の色づく見れば (万葉集/作者未詳)

・・・下界の木々も黄葉する時節になるらしい。月に生える楓(桂)が色づいて、月の光が増してくるのを見ると・・・

中国の神仙譚では、月に高さ五百丈(約1500メートル)もの桂の木が生えているのだそうですが、
月の桂が色づいて輝きが増すだなんて、なんと美しい想像力でしょうか。


時代は下って中世。
能の名曲『松風』では、汐汲みの乙女、松風・村雨の姉妹が、月に愛しい人の面影を見、汐汲みの桶の水に映った月を
恋人として、家に連れて帰ります。

さし来る潮を汲み分けて 見れば月こそ桶にあれ
これにも月の入りたるや
嬉しやこれも月あり 月は一つ 影は二つ
満つ潮の夜の車に月を載せて 憂しとも思はぬ汐路かなや


とどかない思いの象徴として、月は切なくも優しく寄り添ってくれているようです。


現代でも、街灯のない場所で月の出ない夜は、非常に心細いのではないでしょうか。
ふと、明るく照らす光を感じて見上げると、そこに月が見守っていてくれた・・・
優しい光に、御仏の慈悲を感じたのが中世人でした。

月かげの いたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ

月の光があまねく世界を照らすように、御仏(阿弥陀如来)の慈悲も全ての人々にふりそそぐことを信じて・・・
浄土宗の開祖・法然上人のお歌です。

同じ鎌倉時代の名僧・明恵(みょうえ)上人は、また独特の月の歌を詠みました。

あかあかや あかあかあかや あかあかや
あかあかあかや あかあかや月


あかあかと照らす月の光そのものを詠んでおられます。
客観的な歌に思えますが、月への親しみを感じます。万物をそのまま見るという、
上人の自然観が現れているようです。


月は、控えめな分だけ見る人の思いが投影されやすいのかもしれません。
時代を超えて人々を見守ってきた月。

いつか、自由に月を旅して、月から地球の歌が詠まれる日がやってくるのかもしれません。



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